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今夜の番組チェック

第六章・シンクタンク

 インド洋の湿った空気に包まれたその街は、のどかな活気に満ちていた。小さ
な港に停泊する漁船から水揚げされる魚が、そのまま市場へと運ばれその日の
うちに食卓にのぼる。ずっと昔から繰り返されてきたその風景に彩りを添えるの
は、ここに滞在する外国人の姿である。数ヶ月前からこの漁村には、外国人が訪
れるようになっていた。
 現地の衣装を着た男性が市場を歩いている。慣れた仕草で店の人をあしらう様
子は、彼がここに来て長いことを物語る。一軒の店の前で足を止め、極彩色の魚
を買い求める。
「夕飯ですか?」
「ええ、食事代もバカになりませんから。最近は自炊ですよ」
 他愛のない会話を交わし代金と釣りのやり取りをする。店の男性は二枚の紙幣
の間に挟まれたメモを確認した。その男性は店番を他の人に頼むと雑踏の中に
消えていく。
 魚を携えた男性は滞在先のホテルに向かう。ホテルといっても部屋を貸すだけ
のものであるが、慣れれば気楽な生活ができるものだ。海岸沿いの道を、夕日を
見ながら歩く。彼女と一緒に歩きたいと思わせる景色だった。
 不意に声をかけられる。
「すいません、ジャジュカホテルへはどう行けばいいのでしょう?」
 声をかけた男性は、こちらの名前を知っていた。
「教えていただけますよね。ダコスタさん」
「ディアッカ・・・エルスマン」
 暑苦しくスーツを着込んだ男が涼しげに笑っていた。
 アフリカ東部のインド洋に浮かぶ島、マダカスカル。混乱の続くアフリカで、例外
的に安定している国だ。農業漁業以外に大きな産業を持たないこの国で、ダコス
タは大学
の地質調査チームに同行し周辺海域での研究をサポートしていた。
 形ばかりのホテルのロビーで、コーヒーに文句をつけながら二人は話してい
る。もっとも、地球での偶然の再会を驚くという雰囲気ではなかった。しがらみが
引き寄せる必然に暗澹たる思いを抱く、そんな感じの会話だった。
「シンクタンクってのはそういうことまでするんだな」
「教授と上司が知り合いでね、ツアコンみたいなことをやらされている。でも研究
自体は面白い。古代の全球凍結に伴う地球環境の変化を調べているんだ」
「聞いたことある。メタンハイドレードの偶然の大溶出が急激な温暖化を引き起こ
す、だったか?」
 ダコスタはコーヒーに口をつける。ただでさえ苦いだけのコーヒーが余計に苦く
感じられる。ディアッカも同じ目的でここに来ていたのだ。そうでなくては、軍の情
報局に勤める人間がこんな所に足を運ぶはずがない。
「君は・・・ここで何を?」
「休暇。議員さんの外遊に付き合ったご褒美。ここに長いんだろ? 女のいると
こ、案内してくれよ」
 口調は軽いが、抜け目なくこちらをうかがっている。フロントから大きな声が聞こ
える。ディアッカに電話だった。フロント横の電話で話している彼には視線を合わ
せず、その声だけを聞く。
「・・・なんだ、お前かよ。・・・え? してるよ。そんなことで・・・ああ、ああ。い
や・・・続けてくれ。・・・だから、違うって。あと、姐さんによろしく言っといて・・・何
だよ、いいだろ別に。それから・・・」
 最後の言葉だけは聞き取れなかった。もっともたいした内容ではないはずだ。
電話の相手は女性、それもごくごく親しい間柄の女性だろう。
「ここには何日くらい?」
「すぐにオーブに向かう。しばらく先生方の相手をしなくちゃならないんだわ」
 ダコスタはザフト議員団の外遊スケジュールを思い浮かべる。複数の議員団を
渡り歩いているだろうディアッカは、既に一月近くアフリカにいることになる。情報
収集には多少心もとない日数だが、情勢を探ることくらいはできるだろう。アフリ
カ東部には、大西洋連邦のエネルギー関連企業が複数進出している。



 いまやユーラシア連邦の一地方都市でしかないブダペスト。いまだ前世紀の町
並みを残すそこは、今ではちょっとした観光地となっていた。そこから車で三十
分、建築規制のかからない郊外の山の中にひときわ大きなビルがぽつんと建っ
ている。アクタイオン社の外郭団体である経営戦略研究所とドナウ大学院大学で
ある。
 ビルの最上階では臨時の役員会が開かれるところであった。司会の挨拶と、
先日自殺した中南米支社長への黙祷が行われる。
「二千億の案件です。責任を感じたのでしょうな」
「もう少し早く決定を下せれば、こうはならなかっただろうに・・・」
 パナマ通貨危機によって、パナマ当局からのMS受注が白紙に戻ったのだ。ア
クタイオンのMS部門にとっては、起死回生を狙った案件だけに衝撃は大きかっ
た。しかし、既にMS部門からの撤退を検討していた上層部にとっては、これによ
って踏ん切りをつけることが出来た。
 現在MSを生産する能力を持つ企業は、ライセンス生産を含めればニ十社以上
あるが、独自技術を持つ企業は五社しかない。軍用MSを始めて生産したMM
I、大西洋軍との泥沼の特許紛争に勝利したモルゲンレーテ、戦中から独自技術
の開発に努めてきたアクタイオン、国防産業連合からダガーシリーズの特許を譲
り受けたゼネラルインダストリー社(GI)、元ザフトの兵器開発局で戦後民営化さ
れたエメロード社、この五つである。しかも、そのシェアはMMIとGIで50%以上
を占めている。
 中でもアクタイオンは独自技術に固執し、運用ノウハウや基本ソフトなどでも他
社製品との互換性が低く、また特殊な光学兵器などを装備するため価格も高か
った。そのため本社を置くユーラシアですら軍への採用が遅れるなど、MS部門
はジリ貧の状態であった。そのため、部門の縮小は数年前からの検討課題であ
ったのだ。
「軍への根回しはどうかね?」
「連中の頭には紛争の継続しかないでしょう」
「だから、パナマで大西洋に出し抜かれる・・・次はこちらの番だ。戦争の時代は
オーブ独立で終わりだよ」
「これからは復興の時代ですな」
 アクタイオンは今後の企業活動の主体を電力事業と定めていた。しかし、五年
前から進めている光波防御帯型熱核融合炉は、発電効率を上げることが出来ず
にその実現性すら危ぶまれている。そこで目をつけたのが太陽電池衛星事業で
ある。幸い、マイクロ波など電磁波を扱う技術には定評のある会社であり、現在
使われている装置よりも高性能な物を作る能力はあった。あとはある程度まとま
った量を作ることで、コストを下げるだけである。
「地球圏電力供給公社・・・食い込めますか?」
「そのための赤道連合だ。それよりも、大西洋の動きはどうかね」
「政府には目立った動きはありません。今はパナマの後処理で手一杯でしょう」
 今後の地球圏で最大の利権となりうる電力に関する会議である。既定路線を
追認するだけではなく今後の具体策の提示までをも目的としているため、この会
議は深夜にまで及ぶこととなった。



 寝覚めがいいのは仕事が順調にいっている証拠だ。何よりも世界中を飛び回
らずに済んだのが大きかった。ホテルの食堂で五紙目の新聞に目を通し終わっ
たサイは、別のホテルに向かう。傭兵取締りの件はザフトも積極的に動き、近い
うちに公式な声明が出される運びとなっていた。打診から公表まで異例の早さだ
が、ペディオニーテの情勢を考えるとそれもうなずける。ユーラシアの軍関係者が
ペディオニーテに入ったという情報が、未確認ながら流れていた。
『軍もたまには役に立つことをする・・・』
 今彼が向かっているのは、地球連合常設金融委員会事務局長ソン・チョルスの
滞在先である。パナマ通貨危機の後、ソン事務局長は連合各国の金融当局を回
っていた。当然オーブにも立ち寄り、暫定自治政府との協議が予定されている。
そのスケジュールの合間に、面会の約束を取り付けられたのだ。
 それと言うのも彼がマリューの知り合い、いわゆる「お付き合い」の相手であっ
たために可能となったことであった。常設委員会事務局長は連合の高級幹部で
あり、彼は国際通貨監視委員会にも強い影響力を持つ人物である。
「はじめまして。サイ・アーガイルです」
「ソン・チョルスだ。マリューからよく話を聞くが・・・思ったより華奢だな」
 くだけた様子でそう言いソンは席を勧める。整髪料を使わずに丁寧に整えた硬
そうな黒髪に、やや細い東洋系の目。一見冷たさを感じさせるが、その声は暗さ
を感じさせない。
「申し訳ありません、お忙しいところを」
「分かっているなら、簡潔にいこう。赤道連合のことだな」
 サイは、考えることは皆同じかと思いながら話をはじめる。パナマの次に狙わ
れるのは間違いなく赤道連合であった。
 もともと産業に乏しく統一性も低い赤道連合は戦時中も目立った行動をせず、
戦時国債の発行高が低かった。そのため戦後、各国の財政が公債償還を念頭
においた緊縮型であったのに対し、赤道連合は復興を目的とした積極財政を展
開できた。
しかし経済基盤が不安定である以上、積極財政は国家としての債務超過を招
き、最近ではその危険性が指摘されるようになっていた。パナマの一件で不安が
増している金融市場は、何らかのきっかけで一気に赤道連合を見捨てる可能性
が高かった。
 サイが一旦話を区切った時、ソンは笑いながら言った。
「これでも専門家のつもりだ・・・釈迦に説法だとは思わないかね」
 ソンの言葉にサイは苦笑いを浮かべる。そして、一気に結論を語った。
「赤道連合の金融危機は起こるのではなく、起こされます。ユーラシアの手によっ
て」
「フッ、やり手だとは聞いていたが・・・ユーラシアの外交主導権争いに連合を使う
かね」
 平然と核心をついた発現をするソンに気圧されることなく、サイは続けた。
「・・・ユーラシアの国益は地球圏の安定です。軍の利権を擁護する必要はありま
せん」
 赤道連合に対して金融危機をしかけ、政治的混乱に乗じて独立紛争を仕掛け
軍事援助を行う。各地で自然発生していた独立紛争を人為的に起こそうと軍は
考えているはずだった。
「ペディオニーテはザフトが絡む。赤道のほうが楽ということか」
「! そういう、ことです」
 ユーラシアの軍がペティオニーテに関心を持っていることを連合はつかんでい
る。サイはそのことの裏を取る必要性を頭の隅にとどめ話を続ける。
「金融市場安定のための早期是正措置の発動は無理ですか?」
「限りなく不可能に近い。それを引き金にされる」
「では・・・」
「ああ、危機の直後に動くしかない。だが、準備は出来る。正確なスケジュールさ
えあればな」
 サイは口をつぐむ。正確なスケジュールの提示など不可能なのだ。赤道連合で
の大規模な公債発行に伴う事業計画の発表などが、公債償還の不安を誘発す
るなどの可能性も考えられるが、正確性はない。
「予算成立直後だということは予測できます・・・しかし・・・」
「ふっ、それが分かれば大金持ちになれる。心配するな、パナマでの借りを返す
のは連合内部でもコンセンサスができている。われわれの危惧は、他の連合加
盟国が同調しないことだよ」
「大西洋への根回しは済んでいます。パナマ安定のためにも、余計なことが起き
て欲しくないというのが大西洋の本音です。ユーラシアの金融当局と外務当局も
意見の調整を済ませています」
「・・・早いな」
「アークエンジェル以外の知り合いも増えましたから」
 細部に関するいくつかの意見交換をした後、サイは部屋を辞した。軍の出鼻を
くじくことは出来そうにないが、赤道連合の崩壊は食い止められるはずだ。財務
省の様子を聞くために妻に電話をかけようと思う。
 宿泊先のホテルにもどり、専用の電話機に向かう。不意に声を掛けられた。同
い年、いや少し年下だろうか、赤毛のロングヘアーの女性が微笑みながら近づ
いてきた。彼女は幼さの残る声で自己紹介をする。
「サイ・アーガイルさんですね。財務省国際金融局のマルチナ・ヴィンセント、今日
より業務のサポートをさせていただきます」
 サイは彼女の差し出した辞令と彼女の顔を見比べる。邪気のない笑顔を浮か
べる美人であった。



 宇宙港のターミナルビル。軍民両用の港であるため、遠くの岸壁には軍艦の姿
も見える。地味なスーツに身を包んだ彼女は、見るともなしに外を眺めていた。愛
嬌のある顔に射し込む憂いは、女性特有のものだろうか。呼びかけられて、ゆる
ゆると振り向く。
「遅れて、申し訳ない。クライシュテルさん」
「かまいませんよ、アスラン・ザラ・・・」
 ジュスティーヌは封筒を差し出す。ディアッカからの報告を元に作ったいくつか
の資料だ。官僚と政治家の直接的な情報のやり取りは、露見した場合のダメー
ジが大きい。そのため、出張報告に紛れ込ませたディアッカの調査報告は、彼女
を通じてアスランに渡されることになっている。
 もっとも彼女自身も官僚であるためこうして直接会うことは少なく、普通はもっと
別の方法で資料を渡している。今日は彼女のほうから、面会を指定してきた。
「・・・確かに。それで、用件は?」
 アスランの怪訝そうな問いは、同時に警戒心を隠していない。彼女はため息混
じりに笑う。
「いえ・・・ザラ議員は最近、先輩との連絡は取っておられますか?」
「いや、あいつが出張してからは一度も、それが何か?」
「いえ・・・最近、忙しいみたいで・・・」
「元気だそうですよ。たまにアミン艦長には連絡をしているみたいで、先日会った
ときにそう言ってましたから」
 ただそれだけの会話のために呼び出したのだろうかと、アスランはジュスティー
ヌの背中に首をひねりながら視線を送る。もっとも自分には関係のないことであ
ろうと、頭を切り替え車に戻る。
 後部座席で資料に目を通しながら、頭の中の案件を整理しつないでいく。
『没落コーディネーター救済法案とMMIの赤字決算。ユーラシアの傭兵取締り条
約の適用拡大とオーブ新政権。ペディオニーテとAZO。そして、地球圏電力供給
公社と大西洋連邦・・・。絡み過ぎているなぁ』
 特に最後の問題にはユーラシアもザフトも関心を持っているはずである。おそら
く地球圏最大の争点になるはずだ。ディアッカからの報告には、アフリカ東部での
おおまかな情勢が私見を交えながら書かれてあった。
 前世紀より始まっていた石油資源の枯渇及び環境への影響は、新エネルギー
開発競争をもたらしていた。さらにNジャマーによって原子力の使用が不可能に
なり、代替エネルギーの開発は急務となっていたのだ。そこで現在、密かに注目
を集めているのが燃料電池である。
 戦時中MAなどに利用されていた燃料電池を改良し、メタンガスから水素と酸素
を取り出すタイプの燃料電池が開発・実用段階に入っていたのだ。既存のガス
供給網をそのまま利用し、各家庭に燃料電池を設置することによって発電するシ
ステムは、従来型の大規模発電・長距離送電システムを根底から覆す可能性を
秘めていた。
 石油資源の枯渇によって危機的状況にあった旧世紀にメジャーと呼ばれてい
た大手石油企業は、このタイプの発電システムを構築に全力を注ぎ、すでに北
米大陸のガス管網を取得し家庭用燃料電池の開発をGIと共同で進めていた。
 そして、燃料となるメタンガスの入手のために、世界各地の海底でメタンハイド
レードの探索を進めていた。アフリカ東部のメタンハイドレード鉱床はその中でも
もっとも有望なものだと考えられ、すでにいくつかの企業が試掘の段階に入って
いるという。これは地球圏全体の電力地図に大きなインパクトを与えるものであ
る。
『電力公社が関心を持つのは当然としても、AZOがなぜ? ダコスタさんの目的
がいまひとつ分からないな』
 アスランは腕組みをしたまま目をつぶる。複数の問題は絡み合い、どこかひと
つを引き金に一気に動き出す可能性を秘めていた。しかし議員であれば、現状
に対する対処は出来ない。議員になるのを決めたときディアッカに「何も出来なく
なるぜ」と言われたことを思い出す。
「だったら・・・未然に防ぐまでだ」
 そのために、彼は議員になったのだから。


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