[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

第三章・交錯

 ワシントン郊外に広がる広大な墓苑。前大戦の戦没者の多くが祀られているそ
こは、十五年が過ぎようとする現在でも多くの人が訪れる。しかし、今のように朝
早くでは人影もまばらだった。
「サイ・・・サイ・アーガイルか?」
「・・・ノイマン、さん?」
 墓標の前で二人の男が再会を驚いていた。ノイマンは手にした花束を供え、二
人でしばし黙祷をささげる。
「ノイマンさんは、今オーブでしたよね・・・連合本部への用ですか?」
「・・・いや、実家に。親父が入院中なものでな」
 サイの頭の予定表の中に、連合本部や大西洋連邦へのオーブからの公式な
訪問は無かった。しかしオーブ暫定政府で要職にあるノイマンが、実家の用事な
どで北米に足を伸ばすことは考えられない。一瞬の考えを見透かすようにノイマ
ンが言う。
「君は、ユーラシアの外交官だそうだな」
「ただの外務省職員ですよ」
「・・・因果なものだな、アークエンジェルは」
 少し恰幅の出たノイマンは、そう言ってサイに同意を求めるような視線を送る。
サイは目を伏せた。
 前大戦で一時反乱艦扱いされたアークエンジェルは、その行動が様々な政治
的問題点を抱えていたことから、戦後その経歴は大きく改竄されていた。これは
アラスカとプトレマイオスクレーターの消滅により、大西洋軍の公式記録に大きな
欠落が生じたことから可能になったものであるが、公式記録ではアークエンジェ
ルはヘリオポリス崩壊に巻き込まれ失われたことになっている。
 クルーの経歴も書き換えられたのだが、彼らの戦後の活動はアークエンジェル
に大きく影響されることになる。ザフトやオーブの要人との個人的なつながりは、
彼らを否応無く政治の世界に引きずり込むこととなった。
「他の皆さんとは連絡を取られているのですか?」
「みんな偉いさんさ・・・パルは実家の牧場を継いだらしいがな」
 トノムラとチャンドラは現在も大西洋軍に勤務しており、実家とのしがらみが少
なかったノイマンはオーブ亡命政権に引き抜かれ今に到っている。整備班はマー
ドック以下ほとんどのものがモルゲンレーテで働いているのだ。
「君らは?」
「全然です・・・オーブに残ったのはカズイだけだし」
 サイは戦後親類を頼ってユーラシアに移住し、そこで国籍を取得して外務省に
入省したのだ。
「・・・今度、ゆっくりお話する機会を作りましょう。俺、今からオーブなんです」
「そうだな・・・」
 サイはノイマンと主のいない墓標に別れを告げて歩いていく。早朝の墓苑を寂
しい風が吹きぬけた。



 カーテン越しの光が淡く部屋を満たしている。病室に響くのはかすかな点滴の
音だけ、そこに入ってきた見舞い客も病人が寝ているのを見ると、見舞いの品だ
け置いて帰ろうとする。帽子を取って深く礼をした。短く刈られた銀髪がかすかに
揺れる。
「待ちたまえ。老人の退屈しのぎに付き合ってもバチはあたるまい」
「起きておられたのですか、総裁」
「元を付け忘れとる。二十年以上前の話だよ」
 ベッド脇のボタンを押すとベッドの半分が起き上がる。見舞い客に席を勧める老
人は大きく息をついた。小柄で痩せた彼は、長いこと入院を続けている様子だ。
くたびれた真っ白な頭髪が痛々しい。
「寝ておられたほうが・・・」
「構わん、長い話になる。遺言だと思って聞いてくれ、イザーク・ジュール」
 イザークは神妙な面持ちで言葉を聞いた。この老人はジャック・バルニエ、元プ
ラント運営公社総連合総裁でプラント独立の精神的指導者と目される人物であ
る。同時に、彼自身が資産家であるためプラント独立急進派の陰のスポンサーで
もあった。
「髪型を変えたか」
「ええ、軍のマークもきつくなってきましたし・・顔の傷は消しておいて正解でした」
 単に政治的に微妙な立場にあるというだけで、軍が一個人をマークすることは
無い。イザークはMS教導団に所属しているだけではなかった。
「バルトフェルド君の論文は読んだかね?」
「はい・・・」
「彼は有能だよ。経済活動が永遠の膨張運動であることを理論的に示し、マクロ
経済における均衡などありえないと説いたのだから」
「経済圏の拡大は経済の膨張を生む。やがて膨張した経済に経済圏が耐え切
れなくなり、戦争というビッグバンを引き起こす、でしたね」
「そう、だからこそ経済でなく経済圏を抑制しなくてはならない。そのためにプラン
トという環境が利用できるのだよ」
 バルトフェルドの論文は、プラントに自給機能を持たせればプラント間での交易
が無い閉鎖された経済圏を確立した方が社会的に安定し、またそこでは政府機
能は可能な限りゼロに近づけることができるというものであった。彼はこれを、中
世東アジアに存在した国の名前から「エドノミクス」と名付けていた。
 この論文は単なる情緒的独立論ではない科学的独立論と呼ばれる考え方を提
示しただけではなく、資本主義経済体制に対する一つのアンチテーゼを形成し
た。発表されて間もないが、すでにプラント独立派の理論的支柱となっていた。
「いまやザフトは既得権益に固執する集団に成り下がった・・・。かつての志を忘
れ、ただの国になってしまった」
「それは・・・よく分かります。かつて、そこに身を置いたものとして、イヤというほ
ど」
「君がパージされたのは、融和論者だからだ。カナーバ派も、所詮は形を変えた
コーディネーター至上主義者どもなのだよ」
「没落コーディネーター救済法、ですね」
 現在コーディネーターは出生率の低下とは別にもう一つ問題が生じていた。そ
れは生まれてくる子供が、両親の遺伝的性質を十分に引き継ぐことが出来ない
という問題である。婚姻統制を持ってしても受精以後何の手も加えることをしなく
ては、子供に十分な能力の発現をもたらすことは出来ないのだ。
 単純に子供にも遺伝子操作を加えられれば問題ないのだが、それをタダで出
来るわけがない。先天的な病気である場合は医療保険の適応が出来るのだが、
それ以外は全て自己負担である。そのため両親がコーディネーターであっても、
その所得水準が低ければ子供は実質的にナチュラルと同様の能力しか持てな
いことになる。このようにして生れた子供を「没落コーディネーター」と呼ぶ。
 この問題に対処するため、両親がコーディネーターであればその子供に対する
遺伝子操作には医療保険の適用を認める法案が国会で審議されていた。この
法案は形を変えたナチュラル絶滅計画であるとナチュラルの政党は強硬に反発
しているが、法案はすでにアファーマティブアクションの強化と拡大適用をめぐる
条件闘争になっていた。
「廃案には出来ないでしょうね・・・よくて、継続審議ですか」
「君の友人・・・パトリック・ザラの息子ながら、よくやっているな」
「でも・・・ここらが限界ですね」
 イザークはその限界を突破する術を模索していた。十年近くただのパイロットを
やっていただけではないのだ。彼の顔付きは厳しいものであるが、同時に自信を
感じさせるものであった。
「ナチュラルとコーディネーターなど、遺伝子の違いに過ぎない・・・それをいいよ
うに利用された結果が前大戦だ。結局笑ったのはMMIではないか」
「だからこそ両者は、独立という旗の下に結集する必要があるのです」
「ペディオニーテ・・・順調かね」
「不確定要素がまだ多いですが・・・仲間ががんばっています」
「ザフトは現状の変化を認めんだろうな」
「これ以上の不安定化は電力利権に絡みますから・・・」
 「利権か」そう言って力なく笑う老人をいたわるように、イザークはベッドを元に
戻した。帽子とサングラスを着け、コートの襟を立てる。深く礼をすると、彼は病室
を後にした。



 政府専用機の乗り心地は格別なものである。普段の出張はエコノミーが基本な
のだ。ビジネスを使いたければ差額を自費で賄わなくてはならない。閣僚か議員
に同行する時の唯一の楽しみが機内であった。しかし、今回は乗り心地以外に
はいい気分のすることはなかった。ユーラシア連邦外務省赤道大洋州担当局長
ビタリー・ギンツブルクが、神経質そうな顔付きには似つかわしくない低く通る声
で資料の説明をしている。ユーラシア外務省の高級幹部であり、サイの実質的な
直接の上司である。
「・・・やっぱりですか」
「当然だ、モルゲンレーテの番犬は野良犬にはならんよ」
 左手の中指を額に当てながら、資料に目を通したサイは考えをまとめる。占領
下で治安維持などに関する実力部隊を持つことが出来なかったオーブが、独立
に際して大西洋軍が受け持つはずだったそれらの役割まで担おうとする。そのカ
ラクリについての資料であった。確証となるものは少ないが、予想通りの内容で
はあった。
「法的には・・・」
「現在の取締まりはザル法だよ。そもそも、この取締り法自体がサーペントテー
ルとジャンク屋組合のみを目的としたものだ。目的を達成すれば残りのものは温
存される」
「各国共に軍はオーブの措置を、黙認・・・ですか」
「腹の中では拍手喝采だろうな」
 サイの役割は、この件についての確定情報を入手することであった。モルゲン
レーテが主導する計画である以上、亡命王党派も絡んでいるはずである。だが、
彼としてはオーブにおけるカガリの権力については懐疑的である。政治の世界で
小細工を出来るような性格ではないというのが彼女への印象である。
『ま・・・今じゃ、どうかわからないけど』
 自分のコネを利用することには気が引けるが、これに関してはサイも力を入れ
ざるを得ない。地球圏の情勢が安定しない以上、オーブが悪しき前例を作ること
は阻止しなくてはならないのだ。オーブ独立までそれほど時間的な余裕があるわ
けではない。彼は考えをめぐらせ、一つの可能性を提示する。
「軍からの圧力はありえますか?」
「藪をつつくようなまねはしないだろう。対案さえ出せればいいのだがな」
「ザフトは反対するでしょう」
「表向きはな。だが、地球のことについて、ザフトは興味を・・・ペディオニーテ
か?」
「ええ。確かに、ペディオニーテの安定はザフトも望んでいるでしょう。しかし、プラ
ントにおいてこれは、独立問題に関わります」
「急進独立派か。取り締まりには積極的な関与が期待できるな」
 ビタリーはすぐさま電話をかけ始めた。在ザフト大使館を通じて、ザフト政府と
の非公式な接触を求める。



 書類の山が崩れ、下敷きになった男が頭を上げる。落ちた書類を拾い上げ、ね
ぼけ眼をこすりながら洗面室に向かう。鏡に映るのは徹夜開けの疲れた顔だっ
た。髭剃りを持ってこなかったのを悔やむ彼に、追い打ちをかけるような声が聞こ
える。
「うわっ・・・オッサンくさ」
「黙れ。働く男ってのはこういう顔するんだよ」
「だったら、ちゃんと働いてください。どうせすぐ引越しなんだから、机の上きれい
にしといてくださいよ。今度は手伝いませんからね」
 ディアッカが鏡越しに会話するのは、同じ局に勤める後輩ジュスティーヌ・クライ
シュテル、大きなたれ目の愛嬌のある顔をした女性だ。彼女は三つ下であるがど
うも馬が合う。
「シャワーくらい浴びてくださいよ。今夜の合コン、みんな気合いが入ってんだか
ら」
「さすがは国防省の合コン幹事長」
「そりゃ・・・若手国会議員なんでしょ? メンバー」
「期待しとけよ、アスラン・ザラの紹介だ。将来有望だぜ」
 そんな会話を交わしながら、ディアッカは今夜アスランに渡す資料の目録を頭
の中で整理する。国会議員と官僚の接触というのは思いのほか不自由であり、
また彼らの活動はあまり公に出来ないものである。
「・・・あ、それとこれ。局長から」
 彼女の手渡す封筒を受け取り中を見る。思わず天を仰ぎ、天井の蛍光灯を見
つめて苦笑いを浮かべる。
「こりゃ、予定変更だ・・・」
「あ、いいですよ。先輩は別に来なくても」
「バカ。合コンのことじゃねえよ」
 ディアッカは封筒の中身をジュスティーヌに見せる。地球への出張を命じる内容
だった。アフリカ南部とオーブを回るかなり長期のものであった。
「急ですね。一週間後ですか」
「こりゃ、引越しはお前にやってもらうことになるな」
 現在、国防省のビルは改装中でありプラントの港口にある基地にオフィスの間
借りをしていた。ディアッカはオフィスに向かわず基地の方へと向かう。彼の指揮
する部隊へ出張の件を伝えておかなくてはならない。引越しのことで文句を言う
ジュスティーヌに投げキッスを送ると、すぐに真顔になった。
『・・・アフリカか。メタンハイドレードの鉱床、本物らしいな』
 問題は、その出張に自分が選ばれた理由である。思い当たる節は一つしかな
い。



 包丁とまな板の音、鍋から漂う香り、ほのかな温かさ、夕方の台所に安らぎを
見出せる人は幸せである。慣れているとはいえ、一人分の食事しか作れないの
は寂しいことであった。それも、二人で食卓を囲むことを覚えた後であればなおさ
らだ。
 自分も似たような職場に身を置いていて、夫の仕事は理解できる。だからとい
って納得まで出来るものではない。そんなことを考えている時、不意にパソコンか
ら電子音が聞こえる。緊急ニュースが入ったようだ。
 彼女は趣味で株をやっており、市況やそれに関する情報はネットワークを通じ
て常時入手できるようにしている。ガスの火を止めて、パソコンの前に座った。ニ
ュースの文字をクリックし画面を切り替える。『シンガポールでマスドライバー建設
計画』という文字の下で、キャスターが詳細を伝えている。
 東アジア有数の企業グループ、李杜集団がマスドライバーの建設計画を発表し
たのだ。すでに建設計画地のシンガポールでは用地買収が進み、東アジア政府
も税制や補助金、許認可における優遇措置を公表している。二年後の完成、三
年後の本格運用が目標であり、地球プラント間における物流に大きなインパクト
を与えるであろうと報道されていた。
 彼女は画面を切り替え、株式市場の動向を見る。当然、マスドライバーに関連
する企業株の上昇は始まっていた。だが、彼女の懸念は別の部分にあった。
「債券と通貨・・・」
 発表のタイミングはユーラシアと大西洋の各市場が閉じている時間。彼女は東
アジアの市場で不穏な動きを見つけた。李杜集団の中核企業である上海第七銀
行が、盛んにパナマ通貨を売っていた。
「・・・支えきれない!!」
 彼女は慌てて電話をかける。電話の先は元上司、ユーラシア財務省国際金融
局外国為替管理部部長だ。すでに同じ懸念をその上司も抱いており、彼女には
別の仕事が頼まれた。
「すまないな、休職中の君に・・・」
「構いません。公式ルートのほうは、お願いします」
「やってみるが、おそらく遅い」
 彼女は電話をかけなおす。次の相手は夫、おそらくまだ機上の人であろう。教
えてもらった専用回線につないでもらう。
「・・・あ、サイ? 私。・・・ごめん、そんな甘いことじゃないの。・・・え、違うって。
とにかくニュースをチェックして、パナマ市場が狙われてる。・・・そう、え? ・・・分
かってる、また帰りの予定が延びるんでしょ。仕方ないわ・・・うん。うん・・・私も
よ」
 マーガレット・アーガイルは受話器を置いてため息をつく。結婚してからの会話
は電話越しのほうが多いのではないか、そんな風に思った。彼もまた同じことを
思っているだろう。


次章へ

「頂き物」へ戻る